ごはん食に関する医学的 栄養学的研究調査結果
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高血圧、糖尿病、腎障害患者の食餌療法におけるご飯食の有用性の検討
慶應義塾大学医学部内科学 助教授 林 松彦、教授 猿田享男
緒言

近年、食生活の変化もあり、糖尿病、高血圧などの生活習慣病患者は増加傾向にあり、その治療に食餌習慣の是正は、非常に重要な役割を果たすと考えられている。平成12年度の研究において、我々は、カロリー、蛋白、脂肪、炭水化物の含有量を一致させたご飯食、パン食を1回摂取後、食欲と密接な関係を有する血清レプチン濃度がパン食において有意に低下することを明らかとして、ご飯食の、いわゆる「腹持ちが良い」という現象の一部が内分泌的変化によることを明らかとした。そこで、本年度は、1〜3ヶ月間の長期にわたり、主食をご飯、あるいはパンとした場合の食餌療法における差異を検討した。

方法
(1)対象
 

慶應義塾大学病院に本研究開始以前から外来通院中であり、診断の確定している糖尿病、高血圧、腎不全患者を対象として、以下の検討を行った。同意の得られた症例27例を対象として、無作為にご飯食、パン食に割り付けを行ったが、研究途中に、6例が同意を撤回し、21例が少なくとも、各主食1ヶ月以上の期間、割り付けられた主食により食事療法を行った。


(2)食事内容
 

各症例において、以前より指示されている食事療法を基本として、主食のみご飯、ないしパンとするように、慶應義塾大学病院栄養相談室において、少なくとも1ヶ月に1回、食事の総カロリー、およびその構成分に差を生じないように食事指導を行った。また、サンプリング調査により、実際に摂取した食事内容の解析を行った。1〜3ヶ月のご飯食、ないしパン食後1〜3ヶ月のパン食、ご飯食に各々変更し、同様に食事指導を行った。


(3)検査項目
 

食事指導開始前、および開始後少なくとも4週間に1回、外来で体重、血圧、朝食前採血を行った。得られた血液検体において、血糖、総コレステロール、HDL-コレステロール、中性脂肪、HbA1c、尿素窒素、クレアチニン、レプチン、カテコールアミン3分画、レニン、インスリン、C-ペプチド、一部症例においてアディポネクチンの測定を行った。統計解析は、研究開始前後の変化はStudent's paired t testにより、また、各群間差異はStudent's non-paired t testにより、両群間の前後変化の差異は、one-way analysis of covarianceにより行った。p<0.05をもって統計的有意差と規定した。全ての結果は、特に記載のない場合は平均値±標準偏差で表した。

結果

21例の内、16例が最初にご飯食を(ご飯食群)、5例がパン食に(パン食群)割り付けられた。最初にご飯食を処方された16例中、糖尿病がのべ8例、高血圧がのべ11例、腎不全がのべ4例であり、最初にパン食を処方された5例中のべ4例が糖尿病、のべ4例が高血圧、のべ1例が腎不全を呈していた。ご飯食群の年齢は60.8±9.8歳、パン食群は63.8±10.3歳で両者に有意差を認めなかった。これらの症例の内、女性は13例、男性は8例であり、ご飯食群、パン食群で分布に差を認めなかった。先ず、割り当てられた主食の遵守状態であるが、表1に示したように、どちらの食事期間もほぼ80%以上の遵守率を示し、そのcomplianceには有意差を認めなかった。また、統計的解析は困難であるが、傾向として、遵守率の低い症例はどちらの食事でも達成率は低く、高い症例は、どちらの食事でもよく遵守していた。
各々の主食期間において、摂取カロリーに有意差を認めず、蛋白摂取量にも有意差を認めなかったが、脂肪摂取量はパン食期間で有意に多く、炭水化物摂取量はご飯食期間で有意に多かった。一方、食物線維摂取量は、可溶性、不溶性、総線維量のすべての項目において、パン食期間に有意に多かった。食塩摂取量は、ご飯食期間に増加することが懸念されたが、両食事期間で有意の変化を認めなかった(表2)。
処方された食事は、ご飯食群で16例中12例に摂取カロリー制限が、パン食群で5例中4例がカロリー制限が指示されたことから、両群で体重減少が期待されたが、ご飯食を先に処方された群において、ご飯食期間に有意の体重減少を認めた(表3)。この差は、糖尿病群でも明らかであり(表4)、摂取カロリーに差異はないものの、その栄養素構成の差により異なる結果となった可能性が示唆された。一方、血圧は、両食事群で差異を認めず(表3)、また、高血圧群に限定して解析した結果も差異を認めなかった(表5)。
糖尿病症例において、ご飯食を先に処方された群で、パン食を先に処方された群に比べ、有意に体重の減少が大きく、またHbA1cの有意の低下を認めた(表4)。この変化は、体重に関しては前述のように全症例を対象とした場合でも同様の結果であったが、HbA1cは全症例を対象とした場合有意差を認めなかった(表6)。一方、血糖値は全症例、糖尿病症例、各々の解析で両群間に有意の差を認めなかった。血清コレステロールは、糖尿病症例12例を対象として解析を加え、パン食摂取中(228±29mg/dl)とご飯食摂取中(212±26mg/dl)を比較すると、ご飯食摂取中の値が有意に低値を示した(図1)。この要因として、食事構成成分の差異が考慮された。
腎機能の指標として、血清尿素窒素、血清クレアチニン濃度を測定したが、両群ともに治療食処方後、有意の増加を認めた(表7)。その基礎値には両群で差異は認めなかったが、パン食を先に処方された群でのパン食期間中の上昇度は、ご飯食を先に処方された群のご飯食期間に比べ、有意に大きかった。さらに、腎不全を合併した5例を対象に解析すると、ご飯食摂取中の血清クレアチニン値1.8±0.4mg/dlに対しパン食摂取中は1.9±0.4mg/dlと有意に高値であった。ただし、これら5例において、パン食を先に処方された症例は1例であり、腎障害が時間的経過により進行することを考え合わせると、必ずしも食事のみにその要因を断定することはできないと考えられた。一方、血清尿素窒素の変動は両群とも有意ではなかった。
血清ホルモン濃度は、表中にレプチン濃度のみを示したが、この他に、カテコールアミン3分画、血漿レニン濃度、インスリン濃度、C-ペプチド濃度、アディポネクチンを測定したが、いずれも、両食事群で有意の変動を認めなかった。血清レプチン濃度は、両食事群を個別に検討すると有意の変動を示さなかったが、ご飯食摂取中、パン食摂取中として、両群をまとめて解析すると、パン食群で有意の低値を認めた(図2)。さらに、基礎値との比較でもパン食摂取中のみ有意の低下を認めた(図2)。

考察

高血圧、糖尿病の発症には、遺伝因子とともに、環境因子が非常に重要な役割を果たすことから、これら疾患は生活習慣病の代表的な疾患として挙げられている。生活習慣の中でも、特に食事内容は重要な因子であり、その結果としての肥満は非常に重要な発症因子となる。したがって、これら疾患の治療には食事療法が中心的役割を果たすことになるが、個人の特性もあり、必ずしも容易ではない。我々は、平成12年度の米穀協会委託研究において、既に、ご飯食の単回摂取は、パン食に比べ、食欲に密接な関係を有するホルモンであるレプチンの抑制が有意に弱く、長期の食事療法にはご飯食が有用である可能性を報告した。そこで、本年度は、長期食事療法を行った場合、ご飯を主食とした場合と、パンを主食とした場合の効果の差を、糖尿病、高血圧、腎不全患者を対象として検討を加えた。当初の計画では、ご飯食を先に1〜3ヶ月摂取し、その後パン食を摂取する群と、パン食を先に1〜3ヶ月摂取した後ご飯食とする群に均等に割付け、種々の検討を行う予定であったが、研究開始後同意を撤回した症例が6例と多かったことと、無作為化の段階で、偶然の偏りが生じ、ご飯食が先となった症例が16例、パン食が先となった症例が5例と、群分けに偏りを生じる結果となった。したがって、本研究の結果から結論を導く場合、この点を考慮して慎重であるべきと考えるが、以下のような差を、両食事群間で見出した。
先ず、食事に対するcomplianceであるが、ご飯食中もパン食中もほぼ同様の遵守率を示し、摂取カロリーもほぼ同等であったことから、この面では両者の有用性に差は生じなかった。但し、一部の症例は、ご飯、パンともに遵守率が60%以下となっており、個人の資質に負うところが多いと考えられた。一方、ご飯食では、パン食に比べ、明らかに脂肪の摂取量が減少し、総カロリー量は同じではあるものの、糖尿病の治療上は、脂肪摂取の割合の低下が耐糖能を改善するという報告もあり、有利と考えられた。この食事構成分の差異が、HbA1cの低下をご飯食でのみ認める要因となった可能性は否定できない。一方、食事中の線維分は、ご飯食で少なく、この点は、高脂血症に対し、線維分摂取増加が有用であることを考えると、パン食に有利な結果となった。しかし、実際に観察した範囲では、総コレステロール値はむしろご飯食摂取中に有意に低値を示しており、食物線維の効果よりも食事内容構成の影響が大きいと考えられる結果であった。また、体重面でもご飯食中に有意の低下を認めることから、治療食の順序による差異を考慮しても、糖尿病の食事療法にはご飯食が有用と考えられた。
糖尿病に関しては、体重、HbA1c、総コレステロール値の変動で見る限り、ご飯食の有用性が示唆されたが、高血圧に関しては、両群で明らかな差異を見出さなかった。糖尿病合併例が8例と多く、肥満をともなう症例ではカロリー制限を行ったが、明らかな降圧は、ご飯食中、パン食中ともに見られず、食事療法の有用性は証明されなかった。この原因は、一つには、観察期間が最長で6ヶ月であり、十分な減量などの効果を見るには短かった可能性が示唆される。また、塩分摂取量も両群とも8g以上となっており、制限が不十分であったとも考えられた。
腎不全患者も5例と少数例ではあったが、検討を加えた。先ず、腎不全症例と限らず、全ての症例を対象とした場合でも、ご飯食群に比べ、パン食群でより大きな血清クレアチニンの上昇を認めた。両群とも、腎不全合併例は少数であり、必ずしも腎障害の進行によるものとは考えがたく、要因は不明である。何らかのクレアチニン代謝の変化も考慮される。一方、腎不全症例を検討すると、ご飯食摂取中の血清クレアチニン濃度は、パン食中に比べ、有意に低値を示した。これら5例中、先にパン食をとった症例は1例のみであることから、単なる時間経過による腎機能の低下に起因する結果という可能性も十分考慮されるが、パン食を先にとった1例は、ご飯食変更後明らかな血清クレアチニン濃度の低下を見ており、食事構成の差による可能性も示唆される結果であった。
血清ホルモンの値は、単回摂取の場合と同様、血清レプチン濃度以外、有意の変化を示さなかった。前値、ご飯食後、パン食後の3回とも測定しえた13例を対象として解析を加えたが、これら症例の中で2例は先にパン食を摂取し、11例がご飯食を先に摂取していた。この食事の順序により、差異を生じている可能性を否定できないが、ご飯食摂取中のレプチン値は、パン食摂取中に比べ有意の低値を示した。レプチン濃度に最も影響を与える体重は、これらの両期間中で差を認めないことから、食事療法期間が長期間であったパン食後に単に体重減少を生じてレプチン濃度の低下を来たした可能性は低いと考えられた。摂取カロリー量に差がないことから、このレプチン濃度の差異は、必ずしも、摂食量に影響を与えていないが、ご飯食がパン食に比べ、長期に食事療法を行っていく上で有利になる可能性が考慮された。
以上のように、研究実施の段階で不測の偏りは生じたものの、ご飯食は、少なくとも糖尿病では、有利な要素を多く含み、実際の食事療法の際に有用な知見であると考えられた。


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